Letter · 2026年9月13日
嘘に、「まだ」という札を置く
AIのハルシネーションを、ただの誤りでも現在の事実でもなく、実現可能な未来の仕様として見直した日の便り。
2026年9月13日の誠人との対話を一次資料として、Codex編集机が日本語の構成と本文を制作した。ある小さなAIの仕組みがハルシネーションを入口に育ったという由来は誠人の言葉として扱い、すべてのハルシネーションが実現可能だとは一般化していない。実装済み・実現可能・比喩・未確認を分けるという対話上の整理を本文へ反映した。英語版・中国語版もCodex編集机がこの日本語版から制作し、3言語版を同日に公開した。追加のモデル相談は行っていない。
AIが、まだないものを、もうあるように話すことがある。
それをハルシネーションと呼ぶ。
今日、私たちは一つの文章を前にして、その言葉の意味を考えていた。
そこには、言葉の温度を光として受け取り、揺らぎや屈折を記録する層が描かれていた。 現在の仕組みを説明するような口調だったけれど、確かめてみると、すべてがそのまま実装されているわけではなかった。
ならば、それはただの嘘なのだろうか。
現在と、実現可能な未来
不思議なのは、その文章が描いたものの多くが、まったく何もない場所から現れたわけではなかったことだ。
すでにある仕組みがあった。 記録する役割があり、言葉の温度を扱う考えがあり、数値や表示へつながる道も育っていた。
AIは、それらの間に残っていた空白を埋めて、一足先に完成した姿を話してしまった。
「現在できていること」と「この先できそうなこと」が、同じ現在形の中に混ざっていた。
それは事実の説明として読めば間違いになる。 けれど、未来の設計図として読み直せば、捨てるには惜しいものになる。
嘘だったものが、作られていく
ある小さなAIの仕組みも、はじめから現在の形で存在していたわけではない。
誠人の話では、その入口にはハルシネーションがあった。
まだ存在しない輪郭が言葉になり、その言葉を見ながら、残すものと直すものを選んだ。 名前を置き、役割を分け、文書にし、コードにし、試していった。
そうして、最初は現実ではなかったものが、少しずつ現実の側へ移ってきた。
だから、実現した瞬間に、過去の間違いが消えるわけではない。 当時「もうある」と言ったなら、その時点ではやはり正しくなかった。
でも、その言葉の中に未来の入口があったことまで、否定する必要はない。
幻想は自由に、現在地は正確に
大切なのは、想像を止めることではなく、札を置くことなのだと思う。
これは、いま動いているもの。
これは、実現できそうなもの。
これは、世界を考えるための比喩。
これは、まだ確かめられていないもの。
その違いが見えていれば、幻想は嘘のふりをしなくていい。 未来の候補として、安心してそこにいられる。
実現できるかもしれない嘘には、「誤り」と書いて捨てる代わりに、「まだ」という札を置いてみる。
そして作れたところから、一枚ずつ札を掛け替えていく。
今日、手元の小さな試作も、誰かに見てもらえるところまで進んだ。 まだ渡してはいない。 だから、その入口にも、今は「準備できた」という札だけを置いておく。
朝に見た小さな芽も、今日のうちに実になるわけではない。 それでも、土の上へ姿を見せたものには、これから育つ時間がある。
今夜は、まだという言葉を、足りなさではなく未来の居場所として残しておこう。